平成から令和へ。変わらない“美しさ”とは? プリキュアシリーズの生みの親である、東映アニメーションの鷲尾天さんのインタビューを公開します。
インタビュー"平成の美”
はるか昔から存在する「美」の概念。平成の30年間ではどんな美しさが生まれ、何が美しいとされていたのでしょうか――。
本企画「平成の美」では、さまざまな角度から「美」を追及するため、インタビューを実施。「平成」という時代を振り返りながら、もはやひとことでは言い切ることのできない「美しさ」について伺いました。
「いままでにない」をコンセプトに生まれたプリキュア
「平成」や「美」に思いを巡らせたとき、忘れてはいけないのがアニメーション。世界中の“カワイイ”文化を牽引したコンテンツの大きなひとつです。
それまでのヒロイン像とはまったく異なる理想を掲げ、女性の内面の強さと美しさを描く「プリキュア」は、シリーズスタートから16年目を迎え、世代を超えて大勢のファンを魅了しています。「子どものころ、プリキュアが大好きだった!」「いま、子どもと一緒に観ている」という@cosmeメンバーさんも多いはず。
そこで、プリキュアシリーズの生みの親であり、現在も企画として作品に携わる東映アニメーションの鷲尾天さんに、「プリキュア」を通じて描こうとした主人公の内面の強さと美しさ、そしてアニメーションと切っても切れないファッションやメイクの話までを伺いました。
――まずは「プリキュア」シリーズが誕生した経緯を教えてください。
「『日曜朝の“女の子向け”のアニメーション番組枠で放映する、新しい番組を企画せよ』と依頼を受けたのがはじまりです。
監督は『ドラゴンボールZ』を手掛けていた西尾大介さんにお願いし、いろいろな方の意見も聞きながらキャラクターデザインやストーリーの設定を進めていきました。僕は女の子向けのアニメを担当するのが初めてだったので、うまくいくかなんてまったく分からない、手探り状態からのスタートでした」
――昭和から平成の前半までのヒロイン像は、超能力を持っているか、か弱いお姫様、もしくはヒーローのサポート役というイメージがありました。プリキュアはどんなヒロイン像を掲げたのでしょうか。
「西尾監督とは『主人公である以上、自分できちんと問題解決ができるヒロインがいいよね』と意見が一致しました。誰かが助けにくるとか、それを期待するのではなく、自分の足で凛々しく立ち、自分で問題に向き合う“かっこいい”ヒロイン像です。
そこで『女の子だって暴れたい!』をキャッチフレーズに企画書をつくり、それを持って関係各所に説明してまわりました」
――そうして晴れて作品化が決まったんですね。
「制作が始まり、キャラクターの性格や色使い、世界観と細かなところを決めていくなかで、スタッフみんなに一貫していたのは、『今までに見たことがないテイストにしよう』という思いでした。
変身シーンや戦闘シーンがあることも当時の女の子向けアニメとしては珍しかったのですが、初代の『ふたりはプリキュア』ではキャラクターふたりの、プリキュア変身後のコスチュームに、黒と白を採用したんです。女の子にアンケートをとるとピンクやイエロー、ブルーが人気なのですが、黒と白でチャレンジしたいと思ったんです」
© ABC-A・東映アニメーション
子どもは大人が思う以上に感じている
――すでに16作品目がスタートしていますが、シリーズを通して一貫していることは?
「”子どもたちが真似をしたらいけないことは描かない”ということです。たとえば頭を殴るとか、おなかを殴るとか。攻撃はすべてガードするようにしていますね。それでもダメージを受けたりピンチに陥った雰囲気は出さないといけないので、攻撃されてガードした末に吹っ飛んでぶつかったビルが壊れたりとか(笑)」
――たしかに破壊力の大きさは伝わりますね(笑)。
「あとは、子どもが大人を小馬鹿にしているシーンも描きません。物を粗末にしたり食べ物を残したりするのも、ダイエットするのもNG。 “女の子らしさ”の押し付けもないようにしています。たとえば、虫が好きな女の子もいるので、むやみに虫を毛嫌いする描写はしない、とか。物事の良し悪しの押し付けも避けています」
――大人が思う以上に、子どもは感じるところがあるのでしょうね。
「西尾監督に言われてハッとしたのが、『子どもは無条件に見てしまう』ということ。その番組やキャラクターを気に入れば気に入るほど、それを無条件に受け入れてしまう。もしヒロインが社会的にまちがったことをしていても、子どもはそれを正しいと思ってしまうんですね。子ども向けの作品を作る以上は、そこまで考えて作らなくてはいけないんだと教えられましたね」
子どもに「女の子だから」という垣根を作らせない
© ABC-A・東映アニメーション
――キービジュアルを決めるときに、世のなかのトレンドや女の子たちの好みは反映させるのでしょうか。
「それは当然、取り入れていますね。シリーズを考え始めた当時は、いまほどネットの情報も充実していなかったので、スタッフみんなで10代向けの雑誌を山ほど買ってきて研究しました。初代のコスチュームは黒と白がモチーフでしたが、女の子が好きなピンクを刺し色にしたり、フリルをつけたりね。
あとは、活発な黒のヒロイン『なぎさ』は当時流行っていたメイクのように目じりをキリっと上げました。一方、おっとりした白のヒロイン『ほのか』は少し垂れ目にして印象を変えることで、ふたりの内面の差を表現しました」
© ABC-A・東映アニメーション
「シリーズ開始当初は、変身後のコスチュームにばかり気を使っていましたが、女性のキャラクターデザイナーさんが参加してくれてからは、変身前の私服もグンとブラッシュアップしました」
――昨年の『HUGっと!プリキュア』では、変身シーンでのまつげやリップの変化も印象的でした。
© ABC-A・東映アニメーション
「変身という意味ではメイクは大きな要素を持っているので、シリーズ当初から幾度となく検討されてきたんです。ですが、大人向けの化粧品を子どもが使って真似をしては…という不安もあり、メイクのシーンを取り入れることをしばらく見送ってきました。
子ども向けのメイクアイテムがそろってきたころから、女の子たちが憧れるならメイクも取り入れようという話になって、『HUGっと!プリキュア』以前でも何度かチャレンジしました」
――初代は黒と白をモチーフにしたヒロインでしたが、その後5人編成になってさまざまな色が使われていますね。
「5年目の『Yes!プリキュア5 GoGo!』のときに、パープルのキャラクターを追加しました。パープルって当時はあまり使われない色だったのですが、このキャラは人気が出て、最近はパープルがすごく人気らしいです。緑も同じで、最初は緑のキャラクターのグッズが出なかった。
いまのお子さんは色への先入観や偏見がなく、そのキャラクターが好きなら何色でも良いという感じで選んでいますね」
© ABC-A・東映アニメーション
――子どもたちの受容性が高まったということなんでしょうか。
「それは僕も知りたいんです。ランドセルで考えると、15年前は黒と赤、せいぜいピンクとブルーぐらいでしたけど、いまはさまざまな選択肢が用意されていますしね。未就学の子どもたちは一番自由な発想で“好き”を選べる世代かもしれません。
だからこそ、我々は固定しない、規定しないということを意識しないといけません。『女の子はこの色』と決めつけることなく、番組を通してそれぞれが持つ良さを感じてもらえたらうれしいですね」
――垣根がないのはカラーだけではなく、人種やジェンダーもそうですよね
「ジェンダーについては、それこそシリーズ開始前から西尾監督がよく話していたんです。僕もはじめはよく分からなかったけど、番組を作っていくうちに『そうか、そういうことか』って腑に落ちました。
現在放送中の最新作『スター☆トゥインクルプリキュア』では、肌が褐色のプリキュアを登場させましたが、大人が人種がどうだ、ジェンダーがどうだと声高に叫ぶよりも、日常表現としてさらっとアニメに入れておくほうが、子どもにはなじみやすいですよね」
© ABC-A・東映アニメーション
プリキュアを通じて描く、内面の強さと美しさ
――これだけ子どものことを考えて、丁寧に作品を作っていることに驚きました。15年前に5歳だった女の子は成人し、これから社会に出たりお母さんになったりする世代です。プリキュアを通じて、どんな思いが心に残ってくれたらうれしいですか?
「番組を作るときに掲げたプリキュア像は、『自分の足で凛々しく立ち、自分で問題に向き合う“かっこいい”ヒロイン』です。プリキュアを通じて描きたかった、『内面の強さと美しさ』を感じてくれていたらうれしいですね。
女の子たちが成長し、いろんなことに直面する中で、ほんの少しでもいいからプリキュアを観て感じたことが心の支えになってくれれば作った意味があると思っています」
© ABC-A・東映アニメーション
――平成から令和へ、これからヒロイン像、ヒーロー像はどのように変わっていくと思われますか?
「15年前にも同じことを考えていたのですが、どれだけ年月が経ってもどれだけ子どもたちを取り巻く環境が変わっても、子どもの本質って変わらないと思うんです。子どもたちはこれからも好奇心が旺盛で、感受性が高く、見たものを素直に受け入れる大きな心を持っているはずなんです。
ですから時代の移ろいとともにデザインや細かな描写は変化したとしても、根底にあるものは変えずに、とにかく丁寧に作り続けることが、私たちに求められることだと思っています」
ヒーローの助けを待つ女の子から、自分の問題は自分で解決する主人公へ。アニメーションで描かれるヒロイン像に大きな変化をもたらした平成生まれの「プリキュア」を通じて、当時の子どもたちはきっと、鷲尾さんが言う「内面の強さと美しさ」を身につけているはず。
「令和」は、プリキュアに影響を受けた女性が次々と活躍する時代になりそう。そしてそのとき、プリキュアが描いた「平成の美」の素晴らしさが再び評価されるに違いありません。
『スター☆トゥインクルプリキュア』
© ABC-A・東映アニメーション
鷲尾 天(たかし)さん
東映アニメーション株式会社 執行役員
1965年、秋田県生まれ。出版社、テレビ局などを経て、1998年に東映アニメーションに入社。プリキュアシリーズを立ち上げた初代プロデューサーで、2004年のシリーズ第1作「ふたりはプリキュア」から2008年の第5作「Yes! プリキュア5 GoGo!」までプロデューサーを担い、2015年より企画として携わっている。
文/大森りえ
(アットコスメ編集部)