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ヴァニラ・アンサンセ。それは、ミステリアスなヴァニラ。自分がどこから来たのか、どこへ向かっているのか、そして、何のために生かされているのか。そんな灰色の霧の中をさまよっているかのような気分にさせるヴァニラ。
ヴァニラ・アンサンセのトップは、スッと柑橘の苦みが通り抜けて始まる。クレジットにはライムとあるようだが、つけていて「あ、ライムだな」とは感じない。鼻を一瞬通り抜ける苦みだけだ。
3分もせずミドル。キリッとした別の苦みが前面に出てきて、透明感のある香りになってくる。さらに、奥からほの暗い陰影が染み出してくる。この影の部分は、おそらくクレジットにあるベチバーのウッディっぽさ、土っぽさだろう。ただし、主張は柔らかい。ほんのり漂う木や土の香りといった風情。抑制のきいた、甘苦いような香りが静かに漂う。
トップからミドルに変わっても、主張は絶えず穏やかで、ときどき「本当に香っているのかな?」と鼻を疑うこともあるほど。そしてなぜか心がそわそわする。もちろん個人的な感覚だが、何となくヴァニラのイメージとは遠くかけ離れた、不安な気持ちにさせられるミドルだ。下から出ているわずかな甘さが、グルマン系のキャラメリゼされたようなそれではなく、漢方薬の成分が発するようなじわりとした甘さで、そこにくっきりとした苦みが寄り添っているせいかもしれない。そんなミドルが1時間ほど続く。
やがて、そのほの暗いストイックな香りが、落ち着いた、品のいい甘さをもったヴァニラの香りに変化してくることに気付く。そんなラスト。それは、ちょっと人見知りな感じの、ひかえめなヴァニラ。甘くなく、クリーミーすぎず、けれど、芯はふくよかで温かみを感じさせる大人ヴァニラ。
全体的に見ると、トップに得られたライムの苦みとスッキリ感が、そのままミドルでモス系の苦さにつながり、ベチバーの湿った暗さと相まって展開しながら、そのまま揮発してラストにまろやかなヴァニラに変わった感じ。ミドルにはジャスミンのクレジットもあるが、自分にはあまり感じ取れない。そして終始「なぜこんなに抑圧的なんだろう」「なぜ、何かが足りないような気になるんだろう」といった思いが心によぎる香りだ。
控えめでクールな香り立ちを考えれば、付けるシーンはあまり選ばない汎用性の高い香りと言えるかも知れない。特にラストのヴァニラがきれいめで、主張し過ぎないことから、ヴァニラが苦手な人でも、試してみるとよいと思う。人の多い場所でも周囲にわずらわしさを与えず、ほんのりと漂い続ける点は、日本人にとってもつけやすい部類の香りだろう。コロン・アブソリュの底力で、2日くらいヴァニラがほのかに残るから、服などについた残り香を楽しむことも一興だ。
ありそうでないこの香りを何かに例えるなら、さながら「小麦粉を散らかしてしまったキッチンの香り」、あるいは、図書館の片隅で、しばらく誰にも手に取ってもらえなかった本を開いたときに漂う、ほこりっぽい紙の香り、といった雰囲気。ほんのりとしたヴァニリンの甘さから、そんなイメージが思い浮かぶ。
うす曇りの冬の図書館。通る人を威圧するかのように、行儀よく向かい合って並んだ書架の黒いシルエット。その向こう、大きく切り取られた窓から、低く斜めに切りこんでいる冷たい冬の光。窓外に広がる枯れた芝生の稜線。彼方に小さく見える森の木立。灰色にくすんだ空。
ヴァニラ・アンサンセは、何かとても大事なものを失いそうな冬の午後に似つかわしい香りだ。淡くて冷たくて、どこか内省的に思える雪のひとひらのようなヴァニラ。何かが自分に欠けているようで、そしていつもそれを追い求めているかのような切なさも感じられる。ジョー・マローンでもないのに、なぜか他の香りとレイヤーしたくなるのも、そんな印象のせいかもしれない。
曇天の空の下、どこまでも枯れ野を歩いて、そぞろ歩きをしてみたい。そんな気分になる不思議な香り。たとえ何一つ大事な答えなど出ないにしても。
ヴァニラ・アンサンセの香りと思い出を抱えて、風に舞い始めた小雪の中を。
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